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墓場のゆりかご

生まれていったり死んでいったり

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黒く塗りつぶされた夏 5

たったひとりの苦悩ほど あれから何ヶ月経ったのか、もしかするとまだ数日かもしれない。病院のベットに横たわる早紀にとって、どれくらい時が過ぎたのかなど些事なことに過ぎない。
体は元気だった。
しかし精神は死んでいる。
1日中ベットの中で何をするともなく過ごしている。読書も、テレビさえも見たいとは思わない。ただ窓の外に流れる景色をひとりでずっと眺めていた。
―精神が死んでいく。
死んでいく、蝕んでいく。時の流れなど、早紀にはもうどうでも良かった。このまま十数年経とうが、どうでもいいことのように思える。それだけ硬いマットで何もせずに生きていくのは、荷が重いことなのだ。
―今はもう、夏休みに入ったのだろうか。
それにしたって村に活気がない。病院の窓から見ただけでも、何となく分かる。閑散としている、というより「死んでいる」といったほうがより真実味を帯びているのかもしれない。それも仕方がないだろう。
―だってあの事件があったから。
あんな残忍な事件が発生したから。
早紀は息を止めた。
みいんみいん、蝉の鳴き声が響くたび、あの日の記憶が蘇る。

アレは、一体なんだったのか。
不気味なぐらい濃い木陰、辺りが真っ黒になるくらいの。
そこに、それはあった。

死体。

全身が干からびて、しわくちゃになった死体。
腹の中に―

「やだっ!」
早紀は思わず大声で思考を止めた。耳を塞ぎ、涙をぼろぼろ流した。
声が、出ない。
呼吸が止まる。苦しくなっていく。
忘れたいたのではない。あの時の出来事が、脳裏にこびりついて離れない。息を止めたり大声を出すことで一瞬でも忘れることができればいいなと、そんな淡い想いを抱いて、煮詰まったときにそうしてはいた。だが忘れることはなかった。眠るときでさえ、夢にまで出てくる始末。最近では睡眠薬を飲んでまでの生活を続けている。
あんなものを見れば、大体の人間はトラウマになる。早紀の反応は異常なものではなく、至極当然のものだった。早紀はわからないが、事件からまだ2週間しか経っていないのだ。そんな短期間で癒せる傷もない。
―圭介はどうしたのだろう。
苦しむ最中、ふと早紀は思った。あの場に一緒にいた圭介という同級生はあれから一体どうなったというのか。
早紀はあれからすぐ病院に搬送され、1週間近くうなされて過ごした。現在では少しマシになったのだが、それでもまだ精神は不安定だ。極力何も思い出したくはないと努力しているので、母も察して、早紀には同級生や事件のその後を一切早紀に伝えなかった。圭介のことを忘れていたのも無理はない。同級生が早紀の見舞いに来ないのも、母が断っているせいだった。あの子が思い出しては苦しむから、といって面会謝絶状態にし、わざと隔離したのだ。その上、テレビを見る気力さえないので、外のことは現在一切の情報を絶たれている。それが良いことなのか悪化させることなのかは、分からない。
圭介もアレを見た。
気が狂うはずだろう。あんなものを見て、まともな精神でいられるはずがない。
もしかしたら入院しているのかもしれないし、自宅でいるのかもしれない。真実は分からないが、早紀には何となく後者でないかと察しがついた。
圭介は感情に乏しい子、というわけではない。笑うし、泣くし、普段は温厚だがごくたまに怒ることもある。喜怒哀楽はあるのだ。
だが、それとまはまた別のものが欠けている。もう六年間も一緒に過ごしてきたのだ。大抵のことならわかっている。しかし長い間過ごしてきた早紀でさえも、圭介が腹の中で考えていることまでは理解できない。
一言で表せば「異様」だった。
ごくありふれた少年。一見すれば、ただの11歳だ。
しかし、果たして子供、なのだろうか。あの子は。そう思うことが多々ある。雰囲気、というか、性質が異常なのかもしれない。うまく言葉に出来ないが、あえて言えば「異質」
だからこそ、早紀はなんとなく察しがついたのだ。もしかしたら案外、笑って夏休みを過ごしているのかもしれない。いや、そこまでではないにしろ、事件のなにかを考えず生活しているのではないだろうか。
しかし、そうじゃないかもしれない。案外自宅で一歩も外に出られず悪夢にうんうんとうなされて今の自分と同じように苦しんでいるのかもしれない。そうだとすれば、苦しみを分け合うことができるかもしれない。明日、母に圭介がどうしているのか聞いてみようか。もし自宅にいるなら、会いに来てもらおうか。苦しんでいるのだとすれば、お互い励ましあい、夏休みが終わるまでには治めようと鼓舞するのかもしれない。どちらかが元気なら、手を取り合い何も言わずとも傷を癒すことが出来るのかもしれない。
しかし、そうじゃないのもしれない。
ひとり意気込んでいた早紀は、その考えに行き着き、握りしめていた両手を無意識にほどいた。
圭介が本当に考えていることなど、早紀にはわからない。本当のことなど―…。
お腹が痛い。ずきずきとする。痛いのは本当に腹部だろうか?息が苦しい。事件のことを考えるより、その何十倍も苦しく思えた。
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