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墓場のゆりかご

生まれていったり死んでいったり

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黒く塗りつぶされた夏 1

悲劇はたったひとつの過ちから作られるものである ―蝉が死んでいる

夏が始まり、世間は浮かれている。海、プール、夏休み、旅行、里帰りと大勢の人が待ち望んでいる季節だ。
海はないが山はあり、毎年たくさんのカブトムシが取れるし、小さいが市民プールとてある。田舎人が都会に出られる季節であり、神社では夏祭りも開催されることから、この扇村も活気に溢れていた。
―少なくとも今日、今この場ではそうと言えた。
毎年行われる夏休み前の清掃活動に勤しむ少年は絶え間無く流れ落ちる汗を拭った。清掃活動といえば有無を言わさず子供たちの体力とやる気をことごとく奪ってきた活動である。ただ夏休みと引き返すに、ということで皆文句を垂れながら、えっちらおっちらとゴミを拾っているのだ。
「男子~そっちどうー?」
三井早紀の元気な声が、耳朶を打つ。少年は「もう少しだよ」と声を掛けると、早紀がこちらまで足を伸ばしてきた。男子、と呼び掛けているのに一人の声しか聞こえてこないのを察したらしい。
「げっ!圭介一人なの!?」
早紀があからさまに眉を潜めると、―内田圭介少年は笑って答える。「うん、まっちーたちは水遊びにいった」
「あんのバカ男子ども~!!」
Tシャツを腕まくりし、川に向かおうとした早紀を何とか宥めながら、「まあまあ、落ち着きなよ。早紀ちゃん」と熱をとるように扇ぐ真似をする。
「みんな暑いの我慢してるんだよ!?全部圭介に任せてあいつらときたら!」
言っていることは尤もである。が、ここで逃げ出した男児たちに文句を言って取っ組み合いの喧嘩になるほうが圭介としては避けたかった。早紀は男まさりな少女で、寧ろ男子より強いのであった。喧嘩早いのも元来性格から来ている。
「僕ももう終わりだからいいよ。ところで早紀ちゃんは?」
「私はもう終わりだけど…あの路地裏はまだだよね」
指さす方向は、これだけ陽が照っているのにも関わらず仄暗かった。高い塀の向こうには一軒家がある。しかし無人であった。
「あそこ、私嫌いなんだよね…」
くだんの家が何故無人になったのか、それはまだ圭介たちが今よりうんと小さかった頃、殺人事件があったというのだ。犯人は物憑きがついたように狂い、まだ3つにも満たない幼子までの家人をもれなく全員無惨にも切り刻んだ。狐か、はたまた別の悪い霊かに憑かれたのか、それは定かではない。
古くから住まっている最近ボケたと言われている老女が打って変わりしっかりした口調で「祟りだよ、祟りがきた…」と呟いたのでこの村では最早タブー化されていた。
事件が起こって間もなく、潰してさら地にしようかと業者が訪れたが、供養してもらう際がこの家を見るやいなや凄い形相で「潰してはならない。そんなことをすれば祟りが起きてしまうぞ」と真剣に話したものだからみんなすっかり怯えて、そうしてさら地にも出来ず民家にも出来ず、今に至るというわけである。
そんな不気味な場所には、当然誰も行きたがらない。しかし誰かがせねばならぬ仕事である。
「仕方ないね…僕たちが気付いちゃったんだもん。やろうか」
圭介は優しく正義感が強いその性格で、気付いた者がやらなきゃいけないというその心掛けは、この歳からすれば大したものだった。あまり頭の強くない早紀とて、それぐらいは分かる。圭介には見習わなければならないところが山ほどあることを。しかし、圭介の性格が正しいとは到底思えなかった。
圭介には適当さといえ言葉を知らない。だから適当に先生に報告する術を知らないのだ。それではとても生きにくいだろうと早紀は、悲しみのような憐憫さを感じずにはいられなかった。いつかそれが仇になってしまうのが恐ろしかった。
「しゃーない…ちゃっちゃとやっちゃいますか」



蝉が鳴いていない、と圭介はふと気付いた。
さっきまではつんざくほどみんみん大合唱を繰り広げていた蝉の声が、こちらにきてぴたりと止まったのだ。
それは酷く不気味であった。遠くではやはり大合唱が聞こえてくる。蝉とて、すべての場所にいるわけではない。
この塀の向こうの家には塀を越えるほど大きな木があり、それが陽を遮って木陰が出来ている。こんな大きな木があって蝉が一匹も来ないというのは、どういうことか。きっとこの家の木を蝉も不気味と思ったのかもしれない。そうなのだろう、と圭介は疑問を飲み込もうとしたが、喉に引っ掛かった小骨は、なにか大きいものを飲み込まなければ自力では取れなかった。
「あ…れ…?」
早紀が呟く。圭介はとりあえず前を向いた。そこには蝉がいた。
「死んで……?」
腹を見せて倒れている蝉は、明らかに息絶えていた。それが一匹ではなく、
たくさんたくさん、
たくさん
死んでいる。
「あ……?」
蝉が、死んでいた。
それは一際大きな、異様なほど大きな。
蝉…?蝉といったのか、自分は。
「あ」
声が出た。
人だ。
人が仰向けに、蝉と同じように死んでいた。
腹を見せ息絶えている。その姿はさながら蝉のようだった。
その死体は、腹のところをざっくりやられていた。だが赤黒い臓物などは見えない。だから最初、その死体に手が加えられていることを2人は知らなかった。
「っきゃああああああああああ!」
早紀の金切り声が耳朶を打つ。圭介は動けず、声も出せずに、ただその死体を見つめていた。
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